ふしぎな桃ができるわけ

#4

絵・文:雨宮尚子

2014.10.01

ももごよみ

静かな桃畑

9月。
今日は肥料かけ。マスクをして鶏糞をまきます。
収穫がおわってしまうと、急ぐ仕事はありません。
あつい陽の盛りをさけて、すこしづつ進めます。
「なんだか さみしいね」
とチビネが言いました。
「さみしい?」
「ももがなっているほうが、すきだったな」
「ももがあるときは忙しくてくるしいよ。今のほうが、よゆうがあって楽しいと思うけどな〜」
でもチビネはつまらなそうにしています。
たしかに、収穫を終えた桃畑はどこかさみしい感じもします。
力を尽くした木はだらんと葉をたれているし、ついこの間までの、
はりつめた活気のようなものがありません。
しんと静まりかえったなかに、日差しだけが照りつけています。
「そろそろひと休みだよ〜」

ひと息つきながら…

ゆっくりお茶が飲めるのも、よゆうがあるからこそ。
収穫期は時間に追われ、こんなふうにはいきません。
「今年もいろいろあったね」
「そうだね」
「雨の心配もしたし・・」
「夕立の風もすごかった」
「ずいぶん落とされたもんね・・・・」
桃にとって風はいちばんの敵、ひと吹きで一年の苦労が水のあわです。
落とされた桃を拾うときの情けない気持ちといったらありません。
「でも、なんだかんだ言いながら、よくのりきった!」
「うん。たくさんとれてよかったね」
「よかった〜」
大変だった農作業も、終わってしまうとゆめのようです。

ぶどうはこれから

「それに、台風がくるまえに終わってよかったよね」
「そうだね。心配でからだがもたないよ」
そこに、近所のぶどう農家のミケネがやってきました。
「おやつにぶどうをどうぞ。とりたてだよ」
「わあ、おいしそう!」
「ありがとう。ミケネもいっしょにどう?」
「ダメダメ、今いそがしいの。
桃はすっかり片づいたんだね。うらやましいな〜」
畑を見わたして、ミケネがしみじみと言いました。
「そうか、ぶどうはまだこれからなんだ」
「そうだよ。これからが本番、台風といっしょだよ」
「わ、それはたいへん!」

生産者の祈り

ミケネについて行ってみると、
ピチピチと大きなぶどうのふさが棚にたくさんぶらさがっています。
収穫の苦労を終えたばかりのシロネとクロネは、気の遠くなる思いがしました。
「まあ、早いか遅いかのちがいだよ。
こっちは今まで体を休めていたんだから、これからしっかりがんばらなくちゃ!」
立派に実ったぶどうをまえに、ミケネははりきっています。
シロネとクロネも2か月前はそうでした。
「みてみて、トリさんもムシさんもいっぱいいる!」
チビネがうれしそうに言いました。
「そんなに好きならつれてってよ。
いたずらされて、ほんとうにこまっているんだから」
シロネとクロネはあらためて、農家はみんなおなじだなと思いました。
(ぶどうも無事に収穫がおわりますように!)
(台風で落とされませんように・・・!)

あるときは雨を乞い、あるときは晴れを願い、「風が吹きませんように」「雹が降りませんように」「台風が来ませんように」と、天に祈りながら働くうちに、いつか収穫は終わります。

終わってしまうともうぐったり、自分のどこにあんな力があったんだろうと、首をかしげてしまいます。もう一度やれと言われても絶対にできない、あんな大変な思いはもうごめんだ・・・。そこそこ無難に通った年でさえそうなのですから、台風や突風で実を落とされたり、木が折られたり、まともに収穫が叶わなかった年は最悪です。心底がっかりして、「もう農業なんてやめてしまおう」「こんな仕事やってられない!」と、本当にそんなふうに思うのです。

それでも秋が来ると肥料をまき、冬には剪定に力をそそぎ、春が来るころには「あと半年、がんばろう。今年こそ良い桃をとるぞ!」と、またやる気が出てきます。まるで去年のあの苦労、あの絶望を忘れてしまったかのようです。季節のめぐりとともに、なにもかも自然にリセットしていく。そういう力があるからこそ、つづけていけるのではないでしょうか。

でも、不作のつらさは身にしみてわかっているので、ニュースなどで、どこかに大きな被害が出たと聞くとたまらない。どうか農作物をおまもりください、努力を実らせてください、無事の収穫を・・・と祈らずにはいられません。

絵本作家 雨宮 尚子

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