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絵・文:雨宮尚子

2012.11.07

桃暦

熟度はパッと見ただけではなかなかわかりません。

早朝、空が明るくなったら出発です。
気温の上昇とともに、桃の実の温度も上がっていきます。痛みにくい状態で発送するために、桃の実がまだひんやりとしているうちに収穫します。
もぎ手のシロネが気をつけているのは熟度。熟度はパッと見ただけではなかなかわかりません。晴れの日が続いていると、色ばかり先行して熟度はもう少し、ということもあります。逆に天候が不順なときには、色づきはまだまだに見えても、完熟ということも。地色の抜け具合や実のかたさも、しっかりチェックします。

「いい桃だね~」と思わずシロネ。

桃の入ったかごを運んで、コンテナに並べるのはクロネ。もぎ手のペースを乱さないように、できるだけ早く桃をコンテナに移し、もぎかごを空にして戻します。このとき並べ方が雑だと、家まで持ち帰るとちゅうで桃が傷んでしまいます。そっときちんと・・・・・・。小さなすきまには、新聞紙などを詰めて、桃がゆれるのをふせぎます。
「いい桃だね~」と思わずシロネ。
「いい桃だね~」とクロネも答えます。
桃の出来が良いと疲れも吹き飛びます。良くないとがっかり・・・どっと疲れが出ます。

桃との出会いも一期一会なのです。

みんな同じような顔をしていますが、桃にはいくつもの種類があります。
タラタラ~っと汁が落ちる肉質のやわらかい桃、シャキシャキッとしたかための桃、深くしっかりとした甘さの桃、酸味を含むさわやかな桃など、品種によってさまざま。
肉質や味以外にも、よーく見ると、肌質から着色のようす、毛深さ、かたち、重さまでちがうのです。
そんな訳で、「あのときのあの桃が食べたい!」と思っても、品種名なしではなかなか同じ桃にたどりつけません。また品種が同じでも、育った土地や条件、その年の天候によっても味や外見に変化ができます。
桃との出会いも一期一会なのです。

出荷用の箱作りもふたりで。

収穫した桃を家に持ち帰ったら、まずは出荷用の箱作りです。
シロネがボクサーでそこの部分をガチャンガチャンと打ち、ポーンポーンと放ったものを、クロネがウレタンを敷いてきちんと積みあげます。
作業は単純ですが、数を作るのでけっこう大変です。ふたりとも汗びっしょり。
「そうだ、きのうシロネの友達から追加注文の手紙がきてたよ。このまえ送った桃がすごくおいしかったってさ」
「え!ほんと?」
シロネの顔がパッと明るくなりました。「おいしい!」と言ってもらうのが、どんな栄養剤より効きます。
「うれしいね」
「がんばろうね」
ふたりは汗をふきふき、一気に箱作りを終えました。
これでようやく詰める作業に入れます。

「よく見てよ。ほら、これは鳥がちょんとつついているでしょう?」

出荷できる桃とできない桃をより分けるのはクロネの仕事です。キズなど問題のある桃をはずし、選んだ桃にフルーツキャップをかぶせてシロネにわたします。
わたされた桃を箱に詰めていくのがシロネの仕事。箱の中のバランスが均一になるように、大きさを見ながら詰め分けます。
「クロネ、こんなに撥ねたの?!」
出荷できない桃がたくさん残っているのに気づいたシロネが思わず聞きました。
クロネはちょっとムッとしながら答えます。
「よく見てよ。ほら、これは鳥がちょんとつついているでしょう?」
「あ、なるほど」
「こっちはカナブンがガリガリ歩いた跡で、これはカメムシがチューッと吸ったへこみ」
「うん・・・・・・」
「これは枝の押さえ、これは日焼けのひどいところがあるし、この大きいのは大きくなりすぎてちょっと割れているし、これなんかね——」
桃の選別はクロネにまかせておけば間違いありません。
ここまできて撥ねるのは残念ですが、キズ桃は近所の家にわけたりジャムやピューレにしてお料理に使ったり、別のかたちでたべられています。

熟度をむかえた桃はすぐにもがないといけません。

農業というとのんびりしたイメージがありますが、収穫期は時間との戦いです。
熟度をむかえた桃はすぐにもがないといけません。またその朝収穫した桃は、その日のうちに発送します。鳥の朝食より早く畑に出て、手早くもいで戻り、てきぱき段取りよく詰めても、陽が傾きはじめる頃には「もしかして間に合わないかも・・・・・・」という状況になります。宅配便の集荷をできるだけ遅くしてもらって、ひたすら詰めます。
「明日はもっと早くおきて、もっと早く畑に行こうね」とクロネが言います。
「これ以上早くなんてムリ!うす暗くて桃の色が見えないもん。それよりお昼ごはんをもっとパパッと早くすませたら?クロネはいつものろのろたべているからさ」とシロネ。
「なに言ってるの?今日は忙しくてお昼なんてたべてないじゃない」
「ええっ!どうりでお腹がすくと思った~」
とこんな調子です。からだは何とか動いていても、あたまはもう回りません。

明日もまた夜明けとともに、ぎりぎりの一日がはじまります。

出荷を終えたら急いでお風呂と夕食をすませ、夜の作業にかかります。まず今日発送した荷の伝票整理、つぎに明日発送する分の宛名書きをします。
「クロネ、そのおでこのキズどうしたの?」
「もぎかごを運んでいて、低い枝にぶつかったの。ぼうしのツバでよく見えなかったんだ。あれ?シロネも頭にケガをしてるの?」
「桃をもいでいて、枝にはさまれたの!急いでいるとうっかりするよね」
「うんうん。そうだ、足にもアザがあるよ。コンテナを積むとき、太ももに当てるから……ほら!」
「わたしはすね!脚立の上でバランスをとるでしょ?どうしてもここに力が入るみたい」
疲れているせいか、つい作業から脱線してしまいます。
「そんなことより仕事仕事!」
「そうだね。早くすませて早く休まなくちゃ!」
明日もまた夜明けとともに、ぎりぎりの一日がはじまります。

左から)

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撮影:志田三穂子

収穫を終えて、あとはのんびり冬支度…と思ったらおおまちがい!秋の桃畑には意外な力仕事が待っています。
次回は、葉が落ちる前にしておくいろいろな作業をご紹介します。

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