#3

絵・文:雨宮尚子

2012.8.31

桃暦

「あれ? これどっちに折るんだっけ?」

変形したり、キズがついたりした実をていねいに落としていくと摘果作業はおわりです。
残した実に、今度はふくろをかけていきます。ふくろには、風雨によるキズや病気、虫などから桃の実を守ったり、光を遮断して地色をぬき、ふくろを取った後の色づきを良くする効果があります。
今日は近所のぶどう農家から、チャネとミケネが助っ人に来てくれました。桃とぶどうは作業の時期が少しちがうので、忙しいときには助けっこします。
「あれ? これどっちに折るんだっけ?」
ふくろかけには大事なポイントがいくつかあります。正しい手順でかけないと、風で簡単にはずれてしまうので、クロネが何度かお手本を見せます。
待ちきれず先にかけはじめていたシロネも、クロネの講習を横目でチラリとチェック。こっそりかけ直しています。
桃はとてもデリケート。かけ忘れがないように、あとでていねいに見回ります。

「わっ、しまった。摘果のクセで、手がかってに間引いちゃったよ~」

桃のふくろかけの頃、畑のすみに植えた小梅がとりごろを迎えます。早朝の時間を利用して、いそいで小梅を落とします。
梅をひろっていたクロネがふと顔を上げると、枝にてんてんと梅の実が残っています。
「シロネ、どうしたの? ぜんぶ落とさなきゃ」
「わっ、しまった。摘果のクセで、手がかってに間引いちゃったよ~」
春からずっと桃を間引き続けたシロネの手は、考えるより先に動いてしまうようです。
2人はクスクスと笑いながら小梅を収穫しました。
ほかにも、じゃがいもや玉ねぎ、ブロッコリー、きゅうりなど、野菜畑もにぎやかになり、なんだかんだと手を取られます。実りのうれしさ半分、忙しい苦しさ半分の収穫期です。

「あいかわらず慎重だな~。そんなゆっくりじゃ日が暮れちゃうよ」

ようやくふくろかけが終わりました。
草を刈ったら、支柱を立てます。支柱には、大きくなった桃の実の重さで枝が折れるのを防いだり、枝の垂れさがりを抑えて、木の内側を明るく保つ役割があります。
新梢(しんしょう)の管理も大切です。新梢が混みあい、葉が茂りすぎると、やはり木の内側が暗くなります。樹勢(じゅせい)もみだれるので、伸びすぎたところはちょんちょんと切っていきます。シロネは目のはしでクロネの仕事ぶりをみながら、
「あいかわらず慎重だな~。そんなゆっくりじゃ日が暮れちゃうよ」
とつぶやきます。
クロネもシロネの作業の進め方が気になります。
「あんなにどんどん切っちゃって・・・・・・。ちゃんとバランスを考えているのかな?」
でも、口に出すとどうなるか2人ともよくわかっています。疲れているうえに、ケンカはかんべん。黙って作業をつづけます。
これが終われば一段落。少しの間、桃が大きくなるのを待ちます。

「何をつくっても大変なんだ・・・・・・」

先日のふくろかけのお返しに、今日はぶどう農家でかさかけのお手伝い。ぶどうは棚仕立てなので、桃畑とはずいぶんようすがちがいます。
(涼しくていいな~)
いつも桃の木の高いところで、陽をさんさんと浴びて作業しているシロネは、ぶどう棚の下の気持ちよい木陰に思わずうっとり。
(ずっと同じ高さでいいな~)
と、高いところが苦手なクロネもうれしそうです。
意気揚々とかさをかけはじめた2人ですが、そのうち何だか足もとがかゆくなってきました。
「棚下は暗いから、蚊が多くて・・・・・・。ごめんね」
チャネがクスリをつけてくれました。
しばらくすると、今度は首がキリキリと痛くなってきました。
「ずっと同じ姿勢だから疲れるでしょう? 休みながらやってね」
チャネとミケネは涼しい顔でもくもくとかさをかけています。シロネとクロネは時々うでをおろして休みながらも、遅れないように必死においかけます。
けっきょく夕方には、桃の仕事とおなじようにへとへとになって家に帰りました。
(何をつくっても大変なんだ・・・・・・)と2人はあらためて思いました。

「どう? もうふくろ取れそう?」

桃がふくらんできました。ふくろの下を少し破いてのぞいてみます。地色の青さがぬけて淡い緑白色になっていたらふくろを取り外します。このタイミングはとても重要で、早すぎると地色が戻りきれいな桃色にならないし、遅れると十分に色がつかないまま成熟してしまいます。
クロネが畑中をまわって桃の顔色を確かめてきます。
「どう? もうふくろ取れそう?」
シロネは早く作業にかかりたくてたまりません。
「ねえ、どう?」
「うーん・・・・・・どうかな~」
「もう取ってもいい? 取るよ?」
「そうだね・・・・・・うん、もう大丈夫みたいだね」
「よーし! パパッと終わらせるぞー!」
外側の茶色いふくろは下にひっぱるとかんたんにはずれ、枝にくくった白い内袋はかさとして残ります。ふくろかけにくらべると、取る作業はあっという間です。

「ねえ、もっと適当でもいいんじゃない? 反射すればそれでいいんだからさ」

さあ、いよいよ仕上げです。桃の実を鮮やかな桃色にしていきます。桃は直接光が当たらないと着色しにくいので、木の下に白や銀の反射シートを敷いて、下から桃の実を照らします。
「もうちょっと左に引っぱって!」
「このくらい・・・・・・?」
「それじゃあ行きすぎ! もうちょっと右!」
クロネのきびしい指示がとびます。
「ねえ、もっと適当でもいいんじゃない? 反射すればそれでいいんだからさ」
「ダメ。きちんとまっすぐ敷かないと気持ち悪いもん」
「そうかな~・・・・・・」
敷き方にはこれといった決まりがなく、2人はよくこの問題でもめます。でも、いつまでもシートの上にいると、桃といっしょにこんがり日焼けしてしまうので、ほどほどにしないといけません。

「ちょっと待って。今よろこびをかみしめてるの~」

7月。
桃の実全体に、きれいな色がのりました。
「おいしい!」
「あまーい!」
つぼみで間引かれ、花で間引かれ、実になってさらに間引かれた桃たち。風にキズつけられたり、虫にかじられたり、雨で病気になった実もあります。たくさんの試練をくぐりぬけて収穫される桃たちは、まっ赤に輝いてとても誇らしげです。
「クロネ、いつまで食べてるの? 早くもごうよ」
「ちょっと待って。今よろこびをかみしめてるの~」
「そんなのあとあと。いそがないと桃が過熱になっちゃうよ!」
シロネの言う通り。桃はどんどん熟していくので、収穫の適期はほんのわずかです。
照っても降ってもひたすらもぎ続ける、忙しい夏のはじまりです。

左から)

写真:志田三穂子

次回は桃のもぎ方や食べ方、品種による味のちがいを紹介しながら、収穫と出荷のようすをお見せします。

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