#03

文・写真:高砂淳二

2015.03.18

4年越しの山伏修行

4年ほど前、八海山の山伏に取材させてもらい、知恵プロジェクトの記事にした。この時は時期が悪くて山伏の修行を体験することが出来ず、興味深い話だけをたっぷりとうかがったまま、頭でっかちの消化不良を起こしてしまっていた。

そのままの頭で4年が過ぎようとしていたころ、縁あって修験道の本場羽黒山の名物山伏、星野尚文さんの元で、3日間の修行体験をさせてもらえることになった。その昔は、「西の伊勢参り、東の奥参り」と言われ、伊勢神宮参りが“陽”、羽黒山参りが“陰”と、伊勢神宮と対の関係と捉えられていたという。出羽の山々には、もうすでに深い秋が訪れている時期だったが、星野さんは「まだ何とかなるだろう」と言ってくださった。「ということは、かなり厳しいものになるのだろうか?」。僕の内側に、ホッとしたような、ちょっと尻込みしたくなるような、複雑な想いが入り混じった。

星野さんのご自宅は、羽黒山の麓にある、“大聖坊(だいしょうぼう)”という修験者たちの宿坊だ。星野さんは先達山伏であるとともに、400年も続く大聖坊の13代目の宿主でもある。星野さんは、もし山の中で出会ったならまさに天狗にでも間違えてしまいそうな、そしてお山の魂が宿っているような、荘厳な風貌をしている。頭でっかちになってしまった若い人たちに体で感じることの大事さを伝えようと、全国を周って講演活動なども行っている。

星野さんはお会いするなり、「修験道は体で学ぶ学問だ」と語った。予備知識などをかなぐり捨てて、とにかく体で体験することだという。持っていたメモ帳を慌てて机の下に隠し、僕は取り急ぎ、深く頷いた。

人生初のフンドシを着けることから始まった。

ということで、今回は、僕が出羽三山で体験した3日間を、ある程度順を追って感じたことをお伝えすることにしようと思う。今回は、尾崎さんという友人と二人で修行に参加したのだが、修行の合間に僕が撮影をしているため、体験記なのに僕の姿があまり登場できていないのだが、そこはご了承いただきたい。

1日目の修行項目
(1) 勤行(ごんぎょう・拝詞)
(2) 羽黒山参り~2246の石段~
(3) 羽黒山での勤行
(4) 床固め(座禅)
(5) 壇張り(食事)
(6) 夜間抖擻(とそう)
(7) 夜間抖擻先での勤行
(8) 大聖坊での勤行
(9) 南蛮燻し

昼に大聖坊に到着後、真っ白の装束を渡されそれに着替える。裾をキュッと縛れる袴をはき、頭には長い布を巻き、そしてなんと袴の中には真っ白いフンドシを着ける。人生初めてのフンドシだ。最初はちょっと心もとない感じがしたが、慣れてくると風通しがよくて気持ちいい。

神々が祀ってある部屋に移動して正座。いよいよ3日間の修行の始まりだ。まず星野さんが大きな太鼓をたたき始まりを宣言する。そのあと、正座をしたまま最初の修行である勤行が始まった。

勤行(ごんぎょう・拝詞)

身の穢れを祓い、神々を拝する三語拝詞、出羽三山の神々を拝する祝詞、そして般若心経、それらを繰り返し唱える。神道系と仏教系が入り混じっているのは修験道ならではのものだ。詞のコピーをもらいそれを読み続けるのだが、独特のリズムと難しい漢字とで、追いついて行けないどころか、どこを読んでいるのかも分からなくなってしまう始末。それでも何度も読み上げているうちに、少しずつ追いつける部分ができていった。声を出しているうちに、体に纏わりついた無駄な理性のオブラートが剥がれていく感じがした。でも、長い正座でとにかく足が痺れた・・・。

勤行の最後に、星野さんは、僕らとその家族の健康、発展、それから東日本大震災と、御嶽山噴火で亡くなった方々への慰霊の言葉で締めくくった。これから何度も、ここに記す以外にも、いろんな場所でこの慰霊の言葉までを含めた拝詞を行うことになる。

羽黒山参り(2446段の石段)~羽黒山での勤行

30分ほど拝詞をしたのち、地下足袋を履き外に集合。これから羽黒山に入る。
「うけたもう!」。星野さんの出発の号令に応えて、尾崎さんと僕は事前に教えてもらっていた言葉を声高らかに発した。きりりとした山形の冷たい空気が心地いい。星野さんの吹く法螺貝とともに出発。宿坊“大聖坊”から歩いて、出羽三山のうちの一つ、羽黒山に向かう。

歩き始めてさっそく驚いたことがある。白装束に身を包んだ僕ら3人が杖を突きながら道を歩いていると、すれ違う人たちが立ち止って頭を下げてくれるのだ。まだ修行を始めて1時間しか経ってないのに何だかいっぱしの山伏になった気分だ。ここは修験の町なのだ、とあらためて思う。

10分ほどで羽黒山の入り口に到着。何とも言えない山の濃厚な空気が嬉しい。なだらかな石段を上ったり下ったりしながら進むと、重厚な雰囲気の五重塔が、木々の間からドーンと姿を現した。国宝“羽黒山五重塔”だ。近くには、しめ縄を巻かれた神々しい巨木(爺杉)も聳えていて、神気が満ち満ちている感じがする。

石段が徐々に険しさを増してくる。延々と長い石段が続いていて、登っても登ってもその先にはまた石段が現れる。あとで聞いたのだが、ここの石段は全部で2446段もあるという。しかし登り続けているうちに、だんだん呼吸もペースをつかみ体が楽になっていった。星野さんはあとで、「山とあなたが混ざっていったから楽になったんだよ。山とあなたのエネルギーが混ざったんだよ」と教えてくれた。

やがて境内に到着。かなり疲れたが清々しい気分だ。1400年ほど前に、ここに羽黒派古修験道を開いたとされる蜂子皇子を祀る社や、小さなたくさんの祠、重厚な本殿などが鎮座する大きく立派な境内だ。立ち並ぶ数々の祠に一つひとつ頭を下げたのち、隅に鎮座している巨木に、出発する前に読み上げた詞をここでも読み上げた。荘厳な雰囲気の中、この巨木に向かって言葉に気持ちを乗せて拝したい、と心底思った。でもやはり全然ついていけない。

初日である今日は、羽黒山ではご挨拶だけで下山し、修行の最後にまたここに来て三神合祭殿で正式参拝をするとのこと。果てしなく長い石段を延々と下り始める。下りは上りよりも膝に応えるようで、2/3ほど降りたあたりで膝が痛くなってきた。遅れをとるわけにもいかないので、そのままだましだまし下山。やはりすれ違う人々が頭を下げてくれた。

床固め(座禅)

山から下りてきたら、もう辺りは真っ暗だった。次は床固めである。神棚の祭ってある部屋で、一緒に座る相手に一礼し、自分が座る場所に一礼してから壁に向かって座る。説明は一切ない。ただ足を組み、両手のひらで輪を作って座る。朝早く東京を出て山形まで長いドライブ、そのあと2446段の石段を登り、そして降りてきた。くたくたの僕はすぐに眠くなった。座っているうちに目の前にある襖の絵柄がどんどんボケて行って、気づくと座ったまま横に倒れそうになっている。いけない、いけない。また半眼で襖の絵柄を見る。また焦点がずれていく。

30分ぐらい座っていたのだろうか。床固めが終了した。
「次は壇張り!」「うけたもう!」“壇張り”とはご飯のこと。長い修行のあと、やっとご飯にありつけるだけに、つい声に嬉しさがこもってしまった。

壇張り(食事)

修行中は「一汁一菜」と言い渡されていた。少しの白米と、お汁、それに少しの漬物だけだ。食べ始めるとき、星野さんが「ご飯は早飯!」と言った。後で教えてもらったのだが、修行中はこの世の十界行を体験する、ということになっているという。食事の時は、十界のうちの餓鬼界を体験するために、味わわずガッついてあっという間に食べるのだという。急かされるように、2分ほどでお楽しみのご飯は終わってしまった。寂しい・・・。

夜間抖擻(とそう)~夜間抖擻先での勤行~大聖坊での勤行

壇張りのあとは、少し休憩してから“夜間抖擻”だ。抖擻(とそう)とは欲望を捨てて行脚すること。3人で一つだけの小さな提灯をもって、夜の山に入った。明かりの照らしている足元だけを見ながら、黙々と、そして必死に星野さんの足について行く。山の中にある古めかしい祠に到着。そこで拝詞。暗くて文字が見えないので、星野さんの発声を真似て適当に声を出す。声を出さないと闇が体に入ってくるような感じがした。別の祠に移動してそこでまた拝詞。ここでも一生懸命声を出す。詞を覚えたい、と心から思う。3か所ほど祠を巡っただろうか。闇の道をやっと宿坊に向かう。

宿坊に帰るとまた拝詞。明かりがあるので、コピーを見ながら声を出すことができる。少しずつ付いていけるようになってきたようだ。声に少しずつ気持ちも乗ってくるのが分かる。何となく嬉しい。

南蛮燻し

まだ終わりではない。次は十界のうちの地獄界を体験する“南蛮燻し”と呼ばれる、羽黒修験独特の修行だ(これは秘法なので撮影禁止!)。大量の唐辛子などを燻して、煙攻めに合わせる修行なのだという(それにしてもよくそんなことを考え出したものだ)。

「南蛮燻しを行う!」「うけたもう!」

星野さんに連れられ、僕らは宿坊の離れの二階にある狭い部屋に入った。暗い部屋で正座をして待っていると、後ろで星野さんが燻す準備をしている様子。どうなるのだろう・・・。と思っているのもつかの間、あっという間に部屋は煙に覆われていって、目の前が見えなくなってしまったではないか。むせる!うっ。息を吸うと煙が肺に入ってきてむせる。しかものどや肺が焼けるように痛い!むせると息を吐いてしまうので、吸うしかなくなる。しかし吸うとまた焼けるような痛さでむせる。苦しい!!吸えない!苦しい!ちょっとずつちょっとずつ吸っていく。またむせる。吸いたくない・・・。もうダメだ・・・。どうしよう・・・。本当にもう耐えられないと思った。とにかく、細―く細―く、絶対にむせないように必死に頑張った。

“おやっ?”細く、お腹の下の方にむせないように少しずつ吸うようにしていたら、ちょっとずつだが平静を取り戻してきたのだ。なんとかなりそうだ!人の体って、意外とよくできてる!そんなことを思っているところに燻し終了の合図があり、ふっと気が抜けて普通に息をしてしまった途端、また思い切りむせてしまった。次の朝、少し鼻血が出ていたのに気付く。

1日目の修行はこれで終了。しかし、さあ歯を磨いて顔を洗って寝よう、というわけにはいかないのだ。十界のうちの畜生界を経験するために、修行中は歯磨き禁止、洗顔禁止だそう。布団を敷き、そのままバタンキュー。汗まみれでも歯がジャリジャリでも、もう一瞬にして熟睡に入る。

大聖坊
山形県鶴岡市羽黒町手向字手向99
TEL.0235-62-2031
https://www.facebook.com/daishobo

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