#18

文:吉村喜彦/写真:中村征夫

2011.07.25

午前の2時間半、定置網漁の後に行う伝統漁

函館駅から車で15分あまり。

函館湾を西側に半周したところに、北斗市(旧上磯町)はある。

6月から3月にかけて、この上磯の前浜だけで行われる伝統的な漁法が「ホッキ貝突き漁」である。

小さな磯舟に乗り込んで、海の底にいるホッキ貝を一つひとつ突いて、採っていくのだという。

浜谷勉(はまや・つとむ)さん(58歳)は、20歳のときに漁師になった。生まれも育ちも上磯で、祖父から数えて3代目である。先祖は岩手から入植したのだそうだ。

小さな定置網を3カ統もち、サクラマスやヒラメ、イワシ、サケなどを捕っているが、午前の網仕事を終えると、ホッキ貝突き漁に向かう。

2月下旬の朝、ぼくらは小舟に乗せてもらって、上磯漁港から海に出た。

ホッキ貝の漁期は6月1日から翌年3月31日まで。産卵期(4~5月)は禁漁。操業時間は8時30分から11時までの2時間半。資源のことを考えて、組合ではホッキを採りすぎないようにしている。

9センチ以下の小さな貝は採らない

港を出て5分ほどのところで、小舟はアンカーを下ろした。

湾の向こう、雲ひとつない青空のもと、函館山が島のように見える。波もなく、穏やかな海だ。

ホッキを採るためのホコ(矛)と呼ばれる5メートルほどもある長い棒を、浜谷さんが両手で持った。ステンレス製のホコの先には4本のヤス(鋼の爪・長さ約25センチ)が付いている。
「ホコは昔は木製だった。いつもは3種類くらい持ってるんだよ。長いの短いのを水深に合わせて使うのさ。最長は6メートル。あんまり深い所は採りにくい。ヤスの爪は昔は5本だったね。

ヤスで突いたら、貝殻が壊れるんじゃないかって? いやいや、このヤスで貝を挟むのさ。ヤスは弾力性があるからね。ただ、5~6回漁に出ると、爪の摩擦がなくなって、貝を挟んでも、つるつる滑るようになってしまうんだ」

ホッキ貝は海の底では縦長になって潜り、出水管と入水管をにゅっと出しているそうだ。
「大きい貝は挟みにくいのさ。でも、上手くなれば、大きい貝だって小さい貝だって、どっちも取れるようになるさ」

上磯では、資源管理上、殻の幅が9センチ以下のものは採らない。今まで浜谷さんが採ったホッキのうちで最大のものは横幅13センチ、800グラムだという。

霞のかかった海のなかから、マラカスのような音が聞こえてきた

浜谷さんは長いホコを持つと、リズミカルにサクッサクッと海底を付き出した。その動きを7~8回繰り返すと、ホコを少しねじるようにして、海中から引きだした。

すると、ヤスの先に泥のついた大きなホッキ貝が挟まれている。

あっという間のできごとだった。呆気なく採れた。

その後、1回ホコを海中に入れただけで、貝が採れたときもあるし、58回突いて採れたときもある。さすがに一度に80回以上突くことはなかった。水の流れもあるから、ホコをリズミカルに突いていくのは、かなり骨の折れる仕事だろう。

水中に潜ってみる──

深さは2メートル。視界はひどく悪い。1メートルあるかどうか。海底は砂と泥。ホコを動かすごとに、土の粒子が煙のように舞い上がる。

霞のかかった海のなかから、マラカスのような音が聞こえてきた。

サクッサクッサクッ──。

規則正しい音が止まったかと思うと、一瞬の間をおいて、砂泥の中からどろどろした土色の弾丸が、砂煙をしゅるしゅる上げながら海上に飛びだしていった。まるでホッキ貝の泥ロケットである。かなりの迫力だ。

ときおり、カチッという音も聞こえる。

ヤスの先が貝殻に当たった音だ。

その音がすると、すぐさま、4本のヤスがぐるりと回される。そして貝が挟み込まれる。その手際が見事だ。ホッキ貝はまたするするっと海上に飛び立っていった。

ヤスを貝殻にちょこんと当てるくらいがちょうど良い加減なのだろう。あそこで、貝を突き刺すほどの力を入れていると、殻が割れて商売にならないものを上げることになる。

注意深く見ていると、浜谷さんは、ヤスを砂地にグサッと刺さない。ヤスの先を上げないように、砂地を擦って押しつけるような感じで突いている。

同じ場所を2度突くことがないのは、さすが職人仕事である。

結局、1時間ほどで、浜谷さんは36個のホッキ貝を上げた──。

4本の中のどのヤスが、貝のどの部分に当たったかが読めるようになるまでが難しい

港に帰って、浜谷さんの話をうかがった。
「あそこはあんまり大きなホッキがいねえ所なんだ。せいぜい10センチくらい。ここまでおがるのに5年か6年だべな。年輪でわかる。1年目は大きくなるのが早いのさ。だんだんゆっくりおがるんだな。13センチのホッキなんて、ヤスじゃ、なかなか挟めんよ。

海の底は砂地なんで、やわーくしながら、グーッと突っ張るような感じで突く。底から10センチくらいの所にホッキは寝ているからね。4本のヤスのうち、どれかがホッキに当たったら、グルッと回して挟み込む。舟に上げるときは、ホコを真っ直ぐにするのがコツ。そうすると貝はスポッと抜ける。

今日行ったのは、わりと突きやすい所。もうちょっとずれると、小石混じりの海底で、ヤスにジャラジャラぶつかって突きにくい。カツッと当たっても貝なのか石なのかわかんねえのさ」

冬場のホッキは浜値で1個100円ほど。漁の始まる6月頃は一番高く、120円になるという。夏冬ともに1日で25~30キロを採り、1万~2万円の収入になる。
「いま、ホッキ採ってるの、60人ぐらいでねえか。冬場は20人くらいだな。寒いときは貝が底に潜り込んでて、力入れて突かねばなんねえ。挟むのに時間もかかる。でも、春になって卵抱いてくれば、だんだん貝も浮いてくるから採りやすくなる。

だけど、何年やっても採れねえ人は採れねえな。ここのトップクラスは1日30キロ。採れねえ人は10キロもいけねえもの。

どのヤスが貝に当たったのかがわかんねえとダメさ。それによって、ホコの動かし方が違ってくるから。ホコをクルッと回すときに、逆にすると採れねえもの。それがわかるまで、ゆるくないのさ。4本の中のどのヤスが、貝のどの部分に当たったかが読めるようになるまでが難しい。手に伝わる感覚だけだ」

豊かだった漁場が、集中豪雨により一変した

浜谷さんは誰にホッキ突き漁を教えてもらったんですか?
「オヤジが1日だけ一緒に行ったけど、結局、自分で試行錯誤してきたのさ。漁師っていうのは、それぞれ自分のやり方があるんだな。ホッキ貝は急には採れないのさ。コツがわかるまで10年以上かかったね」

もちろん、舟の上からは海底は見えないんでしょ?
「全然。なーんも見えねえ。底までなんか見えねえもん。今日はまだ見えてたほうだ。

波があるとホコが自由に動かせねえから漁はできねえ。時化のときなんか絶対しない。あるとき、急に天候が変わって、ホッキ漁の帰りに海に落ちて亡くなった人もいるんだ。ホッキ漁は身軽に動かないといけねえから、みんな小舟だ」

一見のんびりした漁に見えるが、海は怖ろしい。いつ穏やかな水面に大波が立つかわからない。
「上磯はずっとホッキを突いて採っている。元手かかんねえし、近場だから油代もかかんねえ。

苫小牧のほうじゃ、砂に潜ってる貝をジェット水流で掘り返して、桁網で採ってるけど、あれやると、資源が大変になる。それでなくても、どんどん少なくなってるからね。

昔はここらじゃ、ホッキよりも赤貝やホタテが多かった。ところが、1981年(昭和56年)の集中豪雨で川が氾濫して全滅しちゃったの。それか ら赤貝もホタテも全然いない。川の泥かぶっちゃって、あの後、回復しないのさ。石がねくなっちゃって、昆布もいねくなった。だからウニもいね。いま、ホッキ貝だけになってまった。だから、この貝は大切なのさ」

ホッキ貝が育つには、川の存在が必須だという。

上磯には大野川、戸切地(へきりち)川、久根別(くねべつ)川など5本以上の川が海に注ぎ込み、その栄養分が貝類を育ててきた。

ところが、この川が氾濫して、赤貝やホタテを絶滅させてしまったのだ。

大自然の前では、生き物はほんとうにちっぽけな存在でしかない。

人と腕を競い合い、楽しみながら80歳になっても続けられる漁

ホッキ貝突き漁の面白さはどこにありますか?
「そうだね。人と腕を競い合えるのが、何て言ったって、一番面白い。ホコから伝わる微妙な感覚ひとつが頼りだからね。それに、80歳になってもできる漁だもの。上磯の前浜ぜんぶにホッキはいるし、沖さ行ったら何か採れる。楽しいよ」

そう言って、煙草を美味そうに吸いながら、白い歯を見せた。

ホッキ貝の正式名称は姥貝(うばがい)。
30年以上といわれる長寿に因んで名付けられたらしい。また、ホッキという名前はアイヌ語のポクセイ(ポクは下、セイは貝)に由来するといわれる。生息地が北にあることから、北寄貝(北に寄る貝)と漢字を当てたそうだ。

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