メッセージ
プロジェクトに寄せる思い

「暮らしの海の知恵」

吉村喜彦

初めて沖縄に行ったとき、サンゴ礁で海の色がくっきりと分かれているのに驚いた。

リーフの内側は輝くばかりのエメラルドグリーン。外側はインク瓶からこぼれたようなマリンブルーだった。

サンゴ礁の内側の浅い海はイノーといわれ、島人たちがシャコ貝やサザエ、アーサなどを採りに出かける「暮らしの海」だ。

サンゴ礁の外は「ふかうみ」と呼ばれ、男たちがサバニを駆ってカツオやマグロなどの回遊魚を追う。普段の暮らしと離れた、死と隣り合わせの海である。沖縄では日常の海と非日常の海が、色ではっきり区別されている。


サンゴ礁がないからわかりにくいが、内地の海にもそうした二つの海があった。

ぼくが大阪湾の近くで育った昭和30年代は、毎朝海でアサリを採ってきて、味噌汁の具にしていた。あの大阪にも暮らしの海があったのだ。が、やがてその海も埋められ、今はコンビナートが林立している。

イノーに代表される「暮らしの海」はいわば海の縁側である。

かつて家には縁側があった。祖母と一緒に日向ぼっこをし、通りがかった人とお茶を飲みながらお喋りをした。内と外とのあわいにある縁側は、暮らしにゆとりや間を与えた。しかし、いま陸でも海でもそのやわらかな場所は急速に姿を消しつつある。


魚も減っている。いつまで魚を食べていけるかわからない時代だ。埋め立てや生活排水で藻場や干潟がなくなり、海の環境が悪化している。しかも、最新技術の漁探やGPSを備えた船で魚を獲りすぎている。いまや暮らしの海はもとより、遠海の魚すら獲り尽くされようとしている。

漁業は沿岸(暮らしの海)から始まった。人々は海を畏敬し、魚貝や藻を獲りすぎず、海からの恵みをいただくという謙虚な気持をもっていた。静かな知恵を使って、トゥーマッチ(too much)とは無縁の暮らしをたててきた。バランスや足ることを知っていた。

この時代を生きるぼくらのたましいは、どこか病んでいる。その疲弊や衰弱から恢復するには、暮らしの海に今も生きる人たちの知恵に学ぶのが一番ではないか──ぼくらの生のパラダイムを変えるツボ(経絡)を、見つけられるかもしれない。

そのツボを探り、自分自身が変わるために、浜をめぐる旅に出ようと思った。


吉村喜彦(よしむら のぶひこ)/作家吉村喜彦(よしむら のぶひこ)/作家
1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。著書に、小説「ビア・ボーイ」「こぼん」(ともに新潮社)、ノンフィクションでは「漁師になろうよ」「リキュール&スピリッツ通の本」(ともに小学館)、「食べる、飲む、聞く 沖縄・美味の島」(光文社新書)、「オキナワ海人日和」(三省堂)、「ヤポネシアちゃんぷるー」(アスペクト)など多数。