第九回 料理家 吉本ナナ子 「美しい佇まいの秘密」

 海でも、山でも、ナナ子さんは島の人たちとそこにある自然にとても気を使っているように見えました。近くて便利な場所ではけっして食材を採っていないのです。遠慮がちに奥の方まで行き、採るに足りる分だけを採取しているように見えました。そう、伝えると
「自分は店もやっているし、後からこの島に住み着いたからね。この島の先人たちが、苦労して山を開拓して、今のように住みやすくしたことを考えると、自分たちは遠くに採りに行けばいいと思う。お年をめした人が楽しめる場所も残しておいた方がいいしね。こういう気持ちは、子どもに教えておかないといけないなと思っている。お互いきれいに生きるためにも、自分が、自分がではね。沢山あるから一人で採るよりも分け合った方がいいよね。こういう感覚は島で育った感覚じゃないかな」
とお話して下さいました。
 ナナ子さんの少女のように無垢で美しい佇まいは、このような慎ましやかな心から来ているのだと確信しました。

 好きな時間帯はいつですか?とお聞きすると
「季節によっても違うけれど、夏の暑い時は、朝一番の海かな。すごく気持ちがいいんですよ。冬は動いている方が楽しいから、雨が降らなければ海に行ったり、畑に行ったり。その頃は野菜やハーブがよく育っているので、その手入れをしている時が楽しいです。色々とやっているようで、似たようなことをやっているんですよ」
と笑いながら答えて下さいました。何気ない日常から多くのことを感じ、沢山の心の旅をしている人。そして、
「人と人が穏やかに暮らせるのがいいかな。年取ったかな。いがみ合ったりするのは疲れる。一人でぽーっとしにいく時間が長いというのはそういうことかもしれないね。人間がきらいじゃないけどね。後は、みんなでワイワイやれたらいい。人生は楽しいことだけじゃないから、余計そう思うのかな。何気ない話をしたりする時間がなんとなく好き」
と言葉を続けて下さいました。

 ナナ子さんのお母さんは波照間島で長女として生まれ、家の手伝いをしなければならず、読み書きが不自由でした。小さい頃は、そんなお母さんを友達から隠したい、と思っていたそうです。しかし、今になって、そのお母さんから教えてもらったことがいかに貴重で、生きる基本となるものだったかということがわかりました。
「母はことわざのような言葉で子ども達を教育していたように思います。その中でも、ちいさな人間が生きる時の心の持ち方を表現したものが好きでした。お母さんがずっと言っていた『あなたが生きている間は、天の神と地の神と、その間で生きているのだから正直に生きなさい』という言葉が、今でも心に残っています。人間はどこかで悪さをしてしまうものですが、そんな時、この言葉が宗教のように聞こえてくるんです。これはおばあちゃんの言葉だったようですが、私も子ども達にずっと言い聞かせているんです。」
 ナナ子さんの慎ましやかな佇まいは、お母さんのことわざにありました。