第12回 神御衣奉職始祭「日々の暮らしに感じる」

 両機織神社で和妙(=絹布)・荒妙(=麻布)が織り上がると、それを天照大神に奉納するお祭り・神御衣祭が伊勢神宮で行なわれます。このお祭りは神嘗祭と共に最も古い由緒あるお祭りです。年間千五百回にも及ぶ神宮のお祭りは、内宮とほぼ同じ形式で外宮でも執り行なわれますが、このお祭りだけは内宮と第一別宮の荒祭宮のニヶ所だけで行われます。出来上がった装束を奉納するのではなく、絹と麻の反物に裁縫道具を添えて奉納されます。仕上げは大神のお好きなようにお仕立て頂く、ということなのかもしれません。
 伊勢神宮の吉川さんにお話を伺うと
「神話によると、天上界で天照大神さまも機織りにいそしまれ、また米作りも奨励されています。それに対して地上では天皇陛下は稲作りをなされていますし、皇后陛下は養蚕に勤しまれています。これらのことに鑑みますと、つまり天上界の神業(かみわざ)をこの地上にうつして機織りや米作りがなされているということですね。」とお話し下さいました。

『古事記』や『日本書紀』にこんなお話があります。
 「天照大神が高天原で神御衣を織っておられた時、弟神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)が機織り小屋の屋根に穴をあけ、馬を生きたまま突き落としました。天照大神と一緒に作業をしていた織女は驚いて、機織道具の梭の先で突かれ死んでしまいます。これまで弟神のいたずらを寛容な心で許しておられた天照大神は弟神に反省を求めるべく天の岩戸にお隠れになってしまいました」
 天照大神も天上界で織物をされていたというお話は、このように神話の中にも残っています。
 それから、天照大神が天岩戸にお隠れになられた際、そのご出現を仰ぐために神御衣を奉織されたのが天棚機姫神(あめのたなばたひめ)と伝えられています。この天棚機姫神はかの有名な七夕の織姫として有名な織物の神さまといわれています。

 神話の中にこんなにも沢山の織物にまつわるお話が出て来るとは思ってもいませんでした。お祭りとは日々の暮らしとリンクしている高天原の神々の存在を改めて感じ、感謝するためのものであるのだと思いました。
 「人の暮らしを支える三つの要素は、衣・食・住とよくいわれます。これを伊勢神宮のお祭りにあてはめますと、衣については、春秋二度斎行されます神御衣祭。そして、食については、日本人の主食である収穫されたばかりお米を捧げる神嘗祭。また、住については、二十年に一度社殿を建て替える式年遷宮の造営のお祭り。ということになります。衣と食の二つの大きな祭りが年々再々繰り返し行われ、また二十年周期で住の祭りも行われる事に重要な意味があります。そして、その祭りの根底にあるのが、なによりも神々への感謝なのです」
と吉川さんは教えて下さいました。 
 つまり、伊勢神宮のお祭りは衣・食・住の三本柱によって成り立っているのです。
 天照大神のお祭りにも見られるように、大いなる自然のサイクルを意識し神々への感謝を忘れない暮らしを日々送ることによって、きっと高天原に住まう神々の存在や息吹を皆様方も感じる取ることが出来るのかもれません。