#02

文・写真:佐藤秀明

2010.12.13

列島有数の豪雪地帯

私は、日本の里川、里山の風景をたくさん写真に収めてきました。四季の景色と人々の暮らしのありかたの美しさに惹かれて、ここ数年撮影をするために通い続けている村が3つほどある。ひとつは山形県の飯豊村、ひとつは上越市の桑取谷。そして、今最も足しげく通っているのが、今回紹介する中ノ俣だ。

新潟県の西部にそびえる妙高(標高2454メートル)からの山並みは、複雑に高度を落としながら日本海まで続く。新潟県上越市の直江津から富山県にかけての海岸線は、急激に海へ落ちる山と、それに向かって噛み付く日本海の荒波がつくる険しい風景で有名。その直江津に近い海岸から10数キロ南へ分け入った小さな谷間に中ノ俣の集落はある。冬には北からの寒気と日本海の湿気が凄まじい量の雪を降らせる豪雪地帯としても知られている。中ノ俣から高田の町へ出るためには細い一本の道で峠をいくつも越えなければならない。道は舗装されているものの、非常に細く、上り下りにうねうねと曲がりくねった急な坂道が多く、雪の中ノ俣を撮影するためには、相当な覚悟を必要とする。だからこの集落の人々は、冬の間に緊急事態でもない限りは外へでる事なくじっと春が来るのを待つしかないのだ。

誰もがワラ細工技術の継承者

中ノ俣集落の人口は90人、ほとんどが60歳を過ぎた年寄りで、すり鉢の底のような谷間で互いに助け合いながら彼等は元気よく暮らしている。家並みも含め、昔のままの里山の風景が残っている。暮らしに役立てていた昔からの生活の知恵がここでは、まだ生き延びている。だからこそ、今のうちに彼等の暮らしを残す必要がある、と急いで撮影をしている。

今も残る、中ノ俣の人々の暮らしの知恵の1つにワラ細工がある。日本にはワラ細工ができる人はまだまだたくさんいると思うが、中ノ俣のように誰もが日常的にワラ細工が出来る人がひとつの集落に集中している場所は他に見当たらない。ワラ細工に限らず、歴史でしか学んだことがないような事までも、ここの人達は何でも自分達で作る。集落を囲む棚田や畑で働いている年寄りの多くは、ミノやセナコウジ(重い物を背負う時に身につけてクッションの役割を果たす)をまとう。ミノにもいくつか種類があり、仕事の種類や,その日の天候などによって使い分ける。神社のしめ縄だって、自分達で作る。これは集落の男衆の仕事。このようにワラはこの集落では、生活に欠かす事のできない物として重宝されている。集落内の納屋を見て歩くと、ワラでこしらえたミノなどの、農作業に必要なものがぶらさがっている。

そんな年寄りたちの姿と里山の風景は心を打たれるほど美しい……。雪に閉じ込められる季節はもうそこまできている。今頃は冬に食べる野菜の漬け込みも終わって雪を待つだけだ。
「セナコウジもだいぶ痛んだすけ、雪の間に作り直さんばだめらねえ」そんな年寄りたちのつぶやきが聞こえてきそうだ。

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